田主丸様のご投稿に刺激され、二番煎じを承知で私も少年時代の読書を振り返ってみたくなりました。田主丸様は私より数歳の先輩にあたるようで、名のみ知って読んだ記憶のない本ばかりで残念でしたが『怪人二十面相』は読みました。
戦争で生まれ故郷の東京・根岸を逃れて母の郷里、長野県南小谷村に縁故疎開して2歳から小学4年まで過ごしました。本とは関わりの薄い生活。兄たちが借りてくる、少年クラブ、少年、おもしろブック、冒険少年、譚海、野球少年等を拾い読みするくらい。
昭和28年4月、根岸に戻りました。そこでまとまった本に出合いました。
根岸の家の押し入れには祖父が読んだらしい大日雄弁会講談社の講談全集が積み重なっていました。何気なく読み始めてたちまちその面白さにはまってしまいました。漢字はすべて振り仮名付きです。
思い出す順に列挙すると、赤穂義士銘々伝(神崎与五郎、堀部安兵衛、赤垣源蔵)、元和三勇士、幡随院長兵衛、寛永三馬術、夕立勘五郎、笹川繁蔵、飯岡助五郎、国定忠治、勢力富五郎、日蓮上人、呑龍上人、粂平内、千葉周作、塩原多助、相馬大作、壷坂霊験記、蟹萬寺縁起、江戸練羊羹由来、観世肉付きの面、岩見重太郎、平手造酒等々。
旧仮名遣いと旧漢字に親しみました。
閑話休題を「それはさておき」と読むことや、「落花狼藉」「天晴れ仇討の本懐」とか「コレお女中」「お内儀」などいう面白い言葉。
また「名人上手と申しますが名人と上手とでは天地雲泥の違いが御座います」などいう文句に、フーン、と感心したりしていました。
講談は読むことの面白さをごく自然に教えてくれました。通俗的ではあれ過去というものも教えてくれました。
次いで、講談社の世界名作全集のいくつか。ボアゴベ『鉄仮面』は江戸川乱歩が、『水滸伝物語』は松本清張が子供向きにリライトしていました。「清張」を「キヨハリ?セイチョウ? 何て読むの」と兄に聞いた覚えがあります。
6年生の時、新宿の加藤製本所の職人だった叔父が「これ読んでみな」と言って呉れたのが、『君たちはどう生きるか』(牧書店)でした。
これを読んでから、私の読書は新しい「局面」に入ったような気がします。
新しい局面に入ってから読んだのは新潮文庫の「シャーロック・ホームズ」全冊。それから『二十四の瞳』『次郎物語』でした。
今日はとりあえず、ここまで回想してみました。
根岸の生家の近くに「御行の松」という年経りた心細い松があり、小学生の頃は説明板を横目で見ながら通ったものですが、数年前「一葉日記」にこの近くまで散策してきたことが記されているのを発見。
一葉と私が時を隔てて同じ空間にいることに訳もない嬉しさを感じました。積読状態だった一葉日記を「読んで良かった」としみじみとつくづくと感じました。残り少ない残余の人生で、まだどんな経験ができるか、そんなことを考えたりします。