昨日また悲報が齎された。
この歳になると、知人友人の亡くなられた知らせは珍しくはない。
私は人の死にはかなりドライであるが、この度の知らせにはとりわけ強いショックを感じた。
新型コロナの流行の前だったか、一人のご婦人が当老人ハウスに入居された。 いつもきちんと薄化粧。 挙措が上品でしかも衣装が豊かで華やか。 食堂へも、カラフルな帽子を粋にかぶってこられる。 いくつになってもご婦人のおしゃれは良いものだと思わせられる。
手押し車を使用されているが、あるときふと気がついた。手押し車に手をかけているけれど、全然寄りかかってはいないではないか。
ただ手を添えて押しているだけではないか。 これはいけるぞと思った。(悪い事を仕掛けようと思ったわけではありませんよ)
老人ハウスでは、他人の健康、動きに口や手を出すのは禁じられている。 なにかあった時に責任を問われるからである。 それが善意であっても、また手を出した人のせいではないときでも。 世は訴訟時代、世間は恐ろしいのだ。
私はその禁をおかしてこのご婦人に手を出すことにした。 私は武道をしているから足腰の鍛え方を心得ている。 このご婦人を鍛えて、華やかな衣装で歩き回るのを見てみようと思った。
まずはお近づきになり好意をもってもらわなければならない。 女の方は好意をもてない男の言うことは絶対にきかないのだ。
まずは立つことから始めた。 手押し車から手を離して立つ訓練。
物に頼らなくても体のバランスが保てるように。
次には屈伸運動や伸びあがり、足の振りまわし、ねそべって足のぶん回しなどなどの動きで足首膝腰の関節部を鍛える。 これが長くかかる。 ハウスの管理人の眼を避けるために頻繁にはできないのでなお日時が掛かる。 本人の熱心さがないと続かない。 このご婦人は一生懸命だった。 一人でおられる時でも訓練されているようだった。 私が苑内で木剣を振っているときなど、なんとなく近づいてこられて、こんなに動けるようになったのだよと見せようとするのである。 ほほえましくも可愛らしい。 そのあとベンチで休んでは、ご持参のチョコレートを二人で食べるのだった。 確かに二人の心が通じ合い始めたのだと思う。
一年経った。 すっすっと緩やかながら歩けるようになったのだ。 かけた日数にしてはなんとも早い成果である。 まさに本人の努力の賜物である。
そのころ私は暫く留守にすることになった。 半年して帰ってみると、オーララ、通常の人と同じように歩いているではないか。 これは嬉しかった。
数日後家族が迎えに来られて退寮していった。 元気になったのでもっと早く家族の元に帰りたかったのだが、私にしっかり歩ける姿を見せてからと退寮を遅らせていたのだとか。 私はご家族の方に、毎日なるべく長く動く時間を、しかし決して一人で外に出歩かないようにと申し上げてお別れした。
それから四年経って、昨日家族の方が悲報を持ってこられたのである。 死因は老衰とのことだが、どうも最近の熱気にやられたらしい。 ご家族からご本人の遺言とて、チョコレートの大箱を頂いた。 あのころの、ベンチで仲良くチョコレートを食べた時のことを覚えておられたのだろうか。 本当に悲しかった。
この方、私より五歳ほど若かったはずだ。
周りからは悲報がつぎつぎと入ってくる。 この老人ハウスからも、櫛を引くように姿が消えていく。
健康を誇る私も常に覚悟を決めておかねばなるまいか。
つひにゆく 道とはかねて 聞きしかど
きのふけふとは 思はざりしを 業平