名前
件名
メッセージ
絵文字
画像
アイコン
文字色
パスワード
プレビューする(投稿前に、内容をプレビューして確認できます)

リクエスト(1970年代)

Black Swan  new!

2025/07/18 (Fri) 04:12:29

(文中敬称略)
私が貴サイトにて取りあげてほしい楽曲、今回は1970年代編を挙げてみたいと思います。

(文中敬称略)

『白い蝶のサンバ』(1970、歌唱:森山加代子(林紀代子、1940~2019)、作詞:阿久悠(深田公之、1937~2007)、作曲:井上かつお(生年不明、存命中))

『長崎の夜はむらさき』(1970、歌唱:瀬川映子(現・瀬川瑛子/瀬川→清水瑛子、1947~)、作詞:古木花江(星野哲郎の別名義/星野→有近哲郎、1925~2010)、作曲:新井利昌(1932~2022))

『ありがとうの歌』(1970、歌唱:水前寺清子(林田民子、1945~)、作詞:大矢弘子(生年非公表、存命中)、作曲:叶弦大(清原真、1938~))

『みなしごハッチ』(1970、歌唱:しまざき由理(嶋崎由理、1956~)、作詞:丘灯至夫(西山安吉、1917~2009)、作曲:越部信義(1933~2014))

『17才』(歌唱:1971・南沙織(内間→篠山明美、1954~)/1989・森高千里(森高→江口千里、1969~)、作詞:有馬三恵子(立石→藤田→立石三惠子、1935or36~2019)、作曲:筒美京平(渡辺榮吉、1940~2020)、森高版編曲:斉藤英夫(1958~))

『真夏の出来事』(1971、歌唱:平山みき(平山→馬場→平山美紀、1949~)、作詞:橋本淳(与田凖一、1939~)、作曲:筒美京平)

『花嫁』(1971、歌唱:はしだのりひことクライマックス、作詞:北山修(1946~)、共同作曲:端田宣彦(はしだの本名/1945~2017)・坂庭省悟(1950~2003))

『さらば青春』(1971、歌唱・作詞・作曲:小椋佳(神田紘爾、1944~))

『ハチのムサシは死んだのさ』(1972、歌唱:平田隆夫とセルスターズ、作詞:内田良平(1924~84)、作曲:平田隆夫(1939~2011))

『あの鐘を鳴らすのはあなた』(1972、歌唱:和田アキ子(和田→飯塚現子、1950~)、作詞:阿久悠、作曲:森田公一(1940~))

『喝采』(1972、歌唱:ちあきなおみ(瀬川三恵子、1947~)、作詞:吉田旺(1941~)、作曲:中村泰士(1939~2020))

『狙いうち』(1973、歌唱:山本リンダ(山本→稲葉あつ子、1951~)、作詞:阿久悠、作曲:都倉俊一(1948~))

『夢の中へ』(歌唱:1973・井上陽水(1948~)/1989・斉藤由貴(1966~)、作詞・作曲:井上、斉藤版編曲:崎谷健次郎(1962~))

『氷の世界』(歌唱:1973・井上陽水/1992・筋肉少女帯、作詞・作曲:井上、筋少版編曲:筋肉少女帯)

『みずいろの手紙』(1973、歌唱:あべ静江(阿部静江、1951~)、作詞:阿久悠、作曲:三木たかし(渡邊匡、1945~2009))

『街の灯り』(1973、歌唱:堺正章(栗原正章、1946~)、作詞:阿久悠、作曲:浜圭介(金野孝、1946~))

『ひまわり娘』(1974、歌唱:伊藤咲子(伊藤→千葉咲子、1958~)、作詞:阿久悠、作曲:シュキ・レヴィ(Shuki Levy、1947~))

『ひと夏の経験』(1974、歌唱:山口百恵(山口→三浦百恵、1959~)、作詞:千家和也(村越英文、1946~2019)、作曲:都倉俊一)

『傷だらけのローラ』(1974、歌唱:西城秀樹(木本龍雄、1955~2018)、作詞:さいとう大三(斉藤大三or斎藤大三、生年非公表、存命中)、作曲:馬飼野康二(1948~))

『二人でお酒を』(1974、歌唱:梓みちよ(林美千代、1943~2020)、作詞:山上路夫(1936~)、作曲:平尾昌晃(1938~2017))

『帰らざる日のために』(1974、歌唱:いずみたくシンガーズ、作詞:山川啓介(井出隆夫、1944~2017)、作曲:いずみたく(1930~92))

『燃えよドラゴンズ!』(1974、歌唱:板東英二(1940~)、作詞・作曲:山本正之(1951~))

『気球にのってどこまでも』(1974、歌唱:東京放送児童合唱団(現・NHK東京児童合唱団)、作詞:東龍男(生没年不明)、作曲:平吉毅州(1936~98))

『年下の男の子』(1975、歌唱:キャンディーズ、作詞:千家和也、作曲:穂口雄右(1948~))

『にっぽん昔ばなし』(1975、歌唱:花頭巾、作詞:川内康範(川内潔、1920~2008)、作曲:北原じゅん(菊地正巳、1929~2017))

『我が良き友よ』(1975、歌唱:かまやつひろし(釜萢弘、1939~2017)、作詞・作曲:吉田拓郎(1946~))

『石狩挽歌』(1975、歌唱:北原ミレイ(南玲子、1948~)、作詞:なかにし礼(中西禮三、1938~2020)、作曲:浜圭介)

『面影』(1975、歌唱:しまざき由理、作詞:佐藤純彌(1932~2019)、作曲:菊池俊輔(1931~2021))

『弟よ』(1975、歌唱:内藤やす子(内藤泰子、1950~)、作詞:阿久悠、作曲:川口真(川口眞弘、1937~2021))

『想い出まくら』(1975、歌唱・作詞・作曲:小坂恭子(1953~))

『乙女のワルツ』(1975、歌唱:伊藤咲子、作詞:阿久悠、作曲:三木たかし)

『木綿のハンカチーフ』(1975、歌唱:太田裕美(太田→福岡裕美、1955~)、作詞:松本隆(1949~)、作曲:筒美京平)

『勇気一つを友にして』(1975、歌唱:山田美也子(1951~)、作詞:片岡輝(1933~)、作曲:越部信義)

『金太の大冒険』(1975、歌唱・作詞・作曲:つボイノリオ(坪井令夫、1949~))

『およげ!たいやきくん』(1975、歌唱:子門真人(藤川正治、1944~)、作詞:高田ひろお(高田博雄、1947~)、作曲:佐瀬寿一(1949~))

『時の過ぎゆくままに』(1975、歌唱:沢田研二(1948~)、作詞:阿久悠、作曲:大野克夫(1939~))

『草原のマルコ』(1976、歌唱:大杉久美子(1951~、)、作詞:深沢一夫(原和男、1933~)、作曲:坂田晃一(1942~))

『まちぶせ』(歌唱:1976・三木聖子(1956~、)/1981・石川ひとみ(石川→山田ひとみ、1959~)/1996・荒井由実(松任谷由実の旧姓名名義/1954~)、作詞・作曲:荒井(現・松任谷))

『さくらの唄』(1976、歌唱:美空ひばり(加藤和枝、1937~89)、作詞:なかにし礼、作曲:三木たかし)

『青春時代』(1976、歌唱:森田公一とトップギャラン、作詞:阿久悠、作曲:森田)

『どうぞこのまま』(1976、歌唱・作詞・作曲:丸山圭子(1954~))

『ふりむくな君は美しい』(1976、歌唱:ザ・バーズ、作詞:阿久悠、作曲:三木たかし)

『ヘッド・ライト』(1977、歌唱:新沼謙治(1956~)、作詞:阿久悠、作曲:徳久広司(1948~))

『雨の物語』(1977、歌唱:イルカ(保坂→神部としえ、1950~)、作詞・作曲:伊勢正三(1949~))

『君よ八月に熱くなれ』(1977、歌唱:高岡健二(高岡健治、1949~)、作詞:阿久悠、作曲:中田喜直(1923~2000))

『九月の雨』(1977、歌唱:太田裕美、作詞:松本隆、作曲:筒美京平)

『愛の終着駅』(1977、歌唱:八代亜紀(橋本明代、1950~2023)、作詞:池田充男(1932~)、作曲:野崎眞一(1931~2014))

『カナダからの手紙』(1978、歌唱:平尾昌晃(1938~2017)&畑中葉子(畑中→斉藤葉子、1959~)、作詞:橋本淳、作曲:平尾)

『微笑がえし』(1978、歌唱:キャンディーズ、作詞:阿木燿子(福田→木村広子、1945~)、作曲:穂口雄右)

『東京ららばい』(1978、歌唱:中原理恵(目加田貴美江、1958~)、作詞:松本隆、作曲:筒美京平)

『かもめが翔んだ日』(1978、歌唱・作曲:渡辺真知子(渡邉真知子、1956~)、作詞:伊藤アキラ(伊藤晧、1940~))

『飛んでイスタンブール』(1978、歌唱:庄野真代(庄野眞代、1954~)、作詞:ちあき哲也(小林千明、1948~2015)、作曲:筒美京平)

『うぬぼれワルツ』(1978、歌唱:木の実ナナ(池田鞠子、1946~)、作詞:門谷憲二(1948~)、作曲:西島三重子(1950~))

『銀河鉄道999』(1978、歌唱:ささきいさお(佐々木功、1942~)with杉並児童合唱団、作詞:橋本淳、作曲:平尾昌晃)

『ガンダーラ』(1978、歌唱:ゴダイゴ、共同作詞:山上路夫・奈良橋陽子(奈良橋→野村→奈良橋陽子、1947~)、作曲:タケカワユキヒデ(武川行秀、1952~))

『魅せられて』(1979、歌唱:ジュディ・オング(翁玉恵→翁ジュディ、1950~)、作詞:阿木燿子、作曲:筒美京平)

『いとしのエリー』(1979、歌唱:Southern All Stars、作詞・作曲:桑田佳祐(1956~))

『おもいで酒』(1979、歌唱:小林幸子(1953~)、作詞:高田直和(1929~2010)、作曲:梅谷忠洋(1952~))

『ドラえもんのうた』(歌唱:1979・大杉久美子/2003・渡辺美里(1966~)、セリフ:大山のぶ代(大山→山下羨代、1933~2024)、作詞:楠部たくみ(楠部工、1964)、作曲:菊池俊輔)

『銀河鉄道999 -The Galaxy Express-』(1979、歌唱:ゴダイゴ、共同作詞:山川啓介・奈良橋陽子、作曲:タケカワユキヒデ)

『さよなら』(1979、歌唱:オフコース、作詞・作曲:小田和正(1947~))

朝ドラ『あんぱん』

yasushi

2025/07/15 (Tue) 17:14:32

毎朝観ております、NHKテレビの朝ドラ『あんぱん』は、戦後の時代に入っており、否が応でも、生活が苦しかった当時が思い出されます。
一方、戦後歌謡曲の好きな小生にとって、どんな戦後歌謡曲が出てくるだろうかと気になるところです。

最初に出会ったのは、『リンゴの唄』でした。本編の『リンゴの唄』に投稿させて頂きました。(’25-6-26)
先週の回(7/8)では、歌の好きな、主人公の末の妹メイコさんが、
  ♪瞳いじらし あのえくぼ
   あゝ東京の 花売娘♪
と、歌っていました。
『東京の花売娘』(佐々詩生 作詞、上原げんと 作曲、岡晴夫 唄 S21)
でした。
そして、今朝の回では、やはり、歌の好きなメイコさんが、
  ♪なぜに寂しく あふるる涙…♪
と、口ずさんでいました。
聴いたことがある歌でしたが、何という題名の歌だったか思い出せず、”戦後第1期歌謡曲”を調べても、ありませんでした。更に調べると、”戦前歌謡曲”にありました。
『純情二重奏』(西條八十 作詞、万城目正 作曲、霧島昇・高峰三枝子 唄 S14)
でした。
なぜ戦後の歌でなく?と、ちょっと意外に思いましたが、あまり気にはなりませんでした。

まあ、いつも観ている朝ドラのなかで、知っている昭和歌謡曲が出てくるのは、楽しいことです。

感謝&リクエスト(~1960年代)

Black Swan

2025/07/13 (Sun) 14:30:25

(文中一部敬称略)
私が貴サイトを訪問するようになって約1年半なんですが、管理人・二木紘三先生の古今東西あらゆるジャンルの歌に際しての洞察力には私ごときのド素人には舌を巻くものがあります。
ある意味、先生の同郷の後輩・富澤一誠(1951~)や合田道人(1961~)、スージー鈴木(鈴木朗、1966~)といい勝負のような気がします。
ただ、貴サイトでは「あれ?あの曲入ってないんじゃね?」と思った曲がいくつかあるような気がするので、私なりに貴サイトで取りあげてほしい楽曲をいくつか挙げてみたいと思います。

『大阪タイガースの歌』/『阪神タイガースの歌-六甲おろし-』(歌唱:1936『大阪…』中野忠晴(1909~70)/1972『阪神…』中村鋭一(1930~2017)、作詞:佐藤惣之助(1890~1942)、作曲:古関裕而(古関勇治、1909~89))

『銀座カンカン娘』(1949、歌唱:高峰秀子(平山→松山秀子、1924~2010)、作詞:佐伯孝夫(和泉孝夫、1902~81)、作曲:服部良一(1907~93))

『パン売りのロバさん』(1955、歌唱:近藤圭子(1943~)、作詞:矢野亮(三上好雄、1910~86)、作曲:豊田稔(生没年不明))

『銀座の恋の物語』(1961、歌唱:石原裕次郎(1934~87)&牧村旬子(1944~)、作詞:大高ひさを(大高久男、1916~90)、作曲:鏑木創(1926~2014))

『上を向いて歩こう』(1961、歌唱:坂本九(大島九、1941~85)、作詞:永六輔(永孝雄、1933~2016)、作曲:中村八大(1931~92))

『スーダラ節』(1961、歌唱:植木等(1926~2007)、作詞:青島幸男(1932~2006)、作曲:萩原哲晶(南沢哲晶、1925~84))

『てなもんや三度笠』(1962、歌唱:藤田まこと(原田眞、1933~2010)、作詞:香川登枝緒(加賀敏雄、1924~94)、作曲:林伊佐緒(林勲、1912~95))

『いつでも夢を』(1962、歌唱:橋幸夫(橋幸男、1943~)&吉永小百合(吉永→岡田小百合、1945~)、作詞:佐伯孝夫、作曲:吉田正(1921~98))

『なみだ船』(1962、歌唱:北島三郎(大野穣、1936~)、作詞:星野哲郎(星野→有近哲郎、1925~2010)、作曲:船村徹(福田博郎、1932~2017))

『手のひらを太陽に』(1962、歌唱:ボニー・ジャックスなど、作詞:やなせたかし(柳瀬嵩、1919~2013)、作曲:いずみたく(今泉隆雄、1930~92))

『こんにちは赤ちゃん』(1963、歌唱:梓みちよ(林美千代、1943~2020)、作詞:永六輔、作曲:中村八大)

『鉄腕アトム』(1963、歌唱:上高田少年合唱団、作詞:谷川俊太郎(1931~2024)、作曲:高井達雄(1933~))

『東村山音頭』(歌唱:1963・三橋美智也(北沢美智也、1930~96)&下谷二三子(池松二三子、1938~2023)/1976・志村けん(志村康徳、1950~2020)、作詞:土屋忠司(生没年不明)、作曲:細川潤一(浅川正躬、1913~91)、志村版補作詞・補作曲:いかりや長介(碇矢長一、1931~2004/「三丁目」)・志村(「一丁目」))

『見上げてごらん夜の星を』(1963、歌唱:坂本九、作詞:永六輔、作曲:いずみたく)

『自動車ショー歌』(1964、歌唱:小林旭(1938~)、作詞:星野哲郎、作曲:叶弦大(清原真、1938~))

『いい湯だな』(歌唱:1966・デューク・エイセス/1968・いかりや長介とザ・ドリフターズ、作詞:永六輔、作曲:いずみたく)

『勇気あるもの』(1966、歌唱:吉永小百合withトニーズ、作詞:佐伯孝夫、作曲:吉田正)

『世界の国からこんにちは』(1967、歌唱:三波春夫(北詰文司、1923~2001)、坂本九、吉永小百合、山本リンダ(山本→稲葉あつ子、1951~)らの競作、作詞:島田陽子(1929~2011)、作曲:中村八大)

『君こそわが命』(1967、歌唱:水原弘(高和正弘、1935~78)、作詞:川内康範(川内潔、1920~2008)、作曲:猪俣公章(1938~93))

『新宿そだち』(1967、歌唱:津山洋子(高橋浩子、1946~)&大木英夫(佐藤政穐、1943~2010)、作詞:別所透(生没年不明)、作曲:遠藤実(1932~2008))

『愛のフィナーレ』(歌唱:1968・ザ・ピーナッツ/1970・菅原洋一(1933~)、作詞:なかにし礼(中西禮三、1938~2020)、作曲:宮川泰(1931~2006))

『愛するってこわい』(1968、歌唱:じゅん&ネネ、作詞:山口あかり(山崎裕世、1934~2007)、作曲:平尾昌晃(1938~2017))

『愛のさざなみ』(1968、歌唱:島倉千代子(1938~2013)、作詞:なかにし礼、作曲:浜口庫之助(1917~90))

『シウマイ旅情』(1968、歌唱:ハニー・ナイツ&ザ・バイオレッツ、作詞:伊藤アキラ(伊藤晧、1940~2021)、作曲:越部信義(1933~2014))

『夜明けのスキャット』(1969、歌唱:由紀さおり(安田章子、1946~)、作詞:山上路夫(1936~)、作曲:いずみたく)

『禁じられた恋』(1969、歌唱:森山良子(1948~)、作詞:山上路夫、作曲:三木たかし(渡邊匡、1945~2009))

『みんな夢の中』(1969、歌唱:高田恭子(1948~)、作詞・作曲:浜口庫之助)

『時には母のない子のように』(1969、歌唱:カルメン・マキ(Maki Annette→伊藤牧、1951~)、作詞:寺山修司(1935~83)、作曲:田中未知(1945~))

上戸彩(ウエトアヤ)

上戸彩(ウエトアヤ)  Site

2025/07/06 (Sun) 09:43:39

こんにちは。
はじめましてどうかよろしくお願いいたします。

あたしは上戸彩(ウエトアヤ)なんだけどにゃー(笑)

ひまなときに↓↓↓↓↓
https://neko-no-hoodue.bbs.fc2.com/

【スマートフォン検索】

南海キャンディーズ
上戸彩(ウエトアヤ)
三木谷浩史(ミキタニヒロシ)
ミクシーガールズ
ライブドアエログ
力元親分
ゴールドハーベス
トゥザワールド

o(^o^)o
がんばって生きていきたい!?

ほっこり

野歩本

2025/07/03 (Thu) 22:49:57

 天気晴朗 波静かの南の島に、
ニライカナイという名の新しい高速船がやって来ました。
 

 幼稚園、小学校、中学校の総勢30数名の子どもたち。手に手に、バケツや引き出し、傘や箱、帽子(コレは頭上に)を持ってお出迎え。
  なあに? なぜ? ああ。ほっこり。

 沖縄県の南城市立久高小中学校のブログで見ました。

悪役一代

Black Swan

2025/06/20 (Fri) 22:10:29

(文中敬称略)
ブログ本編の『一本刀土俵入り』の項目にも書きましたが、会場が60年続いた愛知県体育館から目と鼻の先にあるIGアリーナに移動して最初の場所となる令和七年大相撲七月名古屋場所開幕まで1ヶ月を切りました。
もちろん一番の注目は、横綱昇進後最初の場所となる大の里(中村泰輝、2000~)ですが、気になるのはマスコミが先輩横綱の豊昇龍(スガラグチャー・ビャンバスレン、1999~)を悪役扱いしないか、ということです。
豊昇龍がモンゴル出身且つ元横綱朝青龍(ドルゴルスレン・ダグワドルジ、1980~)の甥っ子というのは書くまでもないですが、土俵での振るまいが叔父そっくりであることに不快感を示すマスコミもいるだけに、悪役扱いされることは避けられないだろうと察しますが、おそらく当の豊昇龍は「俺のこと、悪役って書けばいいじゃん」と開き直って今場所に臨むことでしょう。
それで私が思い出すのが、今は無き近鉄バファローズのエースとして歴代4位の通算317勝を記録し同球団の監督も務めた「草魂」鈴木啓示(1947~)です。
鈴木が近鉄のエースを務めた時期は阪急ブレーブス(現・オリックス・バファローズ)の全盛期で、優勝目前の阪急に立ちはだかった際「俺が悪役と思ってる奴はそう書けばええ。野球は悪役が勝つから面白いんや。俺はヤジられればヤジられるほど燃えるんや」と豪語した、と聞きます。
また鈴木といえば近鉄監督時代野茂英雄(1968~、私と同い年)と確執を起こし、それが野茂のMLB(ドジャース)移籍に繋がった話は有名すぎますが、野茂が大活躍し日本国内で「野茂フィーバー」が起こっても「あんなんまぐれや。そのうち(日本に)帰ってくるわい」と野茂を持ち上げるマスコミを敵に回しても信念をねじ曲げず、それは野茂が種を蒔き、イチロー(鈴木一朗、1973~)・松井秀喜(1974~)らが水をやり、そして大谷翔平(1994~)が大輪の花を咲かせても変わることはありませんでした。
「大谷は野球をなめとる。何が二刀流や、ユニコーン(Black Swan注:奥田民生(1965~)率いるバンドではなく、空想上の生物のこと)やあるまいし」
「あいつ(大谷)はルールも何もかも目茶苦茶にしよった」
「大谷が投手出来んくなったのは走り込みが足らんかったからや」
あまりにも「思想が昭和すぎる」言動に当然マスコミや巷の「翔平マニア」を敵に回したことは言うまでもないですが、ここまで言いがかりまがいのコメントをぬかせば私なんかも憤りや呆れや失笑を通り越して拍手を送ってやりたいくらいです(もちろん嫌々な態度・顔つきで)。
しかしミスタープロ野球・長嶋茂雄(1936~2025)に言わせれば「スズは気配りを忘れない、とても繊細な人。世間が言うほど悪いやつじゃない」んだそうで、鈴木も「長嶋さんは俺のこと理解してくれる数少ないお方や」とリスペクトしておりました。
ところが去る6/3の長嶋の訃報には盟友・王貞治(1940~)や落合博満(1953~)、清原和博(1967~)、イチロー、松井、大谷など多くの野球人からお悔やみのコメントが聞かれましたが、その中に鈴木啓示の名前はありませんでした。
「重病に倒れた」だの「認知症を発症」だの真偽が定かでない情報が飛び交っておりますが、長嶋にコメントを出さなかったところを見ると鈴木が予断を許さない状況になってしまったことは間違いありません。
かつて公共広告機構(現・ACジャパン)CMで「わしは雑草や。踏まれても踏まれてもまた生えてきよる」と言っていた鈴木でしたが、時代は変わり悪質なマスコミよりも酷すぎるその「雑草」の息の根を止めてしまう「ラウンドアップ」(除草剤)ならぬ「ネットリンチ」の恐ろしさをまざまざと見せつけられたような気がしました。
次に鈴木啓示の名前が大々的に報じられるのが「アレ」でないことを祈ります。

ウエストサイド・ストーリー

hassan

2025/06/19 (Thu) 14:19:25

田主丸 様
私より少しお若い田主丸様、良くぞ駄文にお目を通していただきありがとうございます。
ウエストサイド・ストーリーに格別な思い入れがおありの様子を伺いました、残念ながら映画も見てなくテレビでの上映も興味がなく知らないのです、ごめんなさいね。
それより「南太平洋」確か(バリハイ)(魅惑の宵)が主題歌だったと記憶してます、高校入学当時に「映画教室】として学校から連れて行って貰いました、宵闇の映像が恐ろしく綺麗であったこと覚えております。
同じく映画教室の企画で「巴里のアメリカ人」がありました、ガーシュイン作曲の「巴里のアメリカ人」をバックに踊るレスリー・キャロンの可愛らしさに見惚れたものです、悪友たちとの会話の中で「女優で誰が好きか ? 」の問いに、何時もレスリー・キャロンと答えてました、とりたてて美人ではないがキュートな可愛らしさが魅力でした、青春時代の懐かしい想い出話です。

青春時代の素晴らしき友と音楽(その2)

Hassan

2025/06/10 (Tue) 16:01:10

 一年余り経って少し落ち着いた頃、浦和の自宅から通う友人と親しくなりました。実家が質屋と云うことで裕福でありながら、それを鼻に掛けることない人柄が良く、後年は海外で一緒に遊んだりお互いの結婚式に出席するとか終生の親友となりました。
 たまに紅い絨毯が敷かれた帝国劇場を始め、東劇、有楽座などで封切りの外国映画を一緒に見たり、格式高い当時の帝国ホテルとか都内の旧跡を案内してくれたり、常に文化的な教養を授けてくれました。

 コンチネンタル・タンゴ全盛期でした。「夢去りぬ」「夜のタンゴ」「ばらのタンゴ」「夢のタンゴ」等の名曲が聴ける場所として、銀座8丁目にタンゴ喫茶があって、「早川真平とオルケストラ・ティピカ東京」、場所は失念しましたが、誘われて「原孝太郎と東京六重奏団」を目の前で何度も聴く機会を得ましたが、何れも大編成ながら弦楽器の音が素晴らしく綺麗でした。

 シャンソンのメッカとも言われる銀座7丁目のシャンソニエ「銀巴里」へ良く連れて行ってくれました。
 小海智子(こかい・ともこ)と云う歌手が二人とも好きになり、よく通いました。年齢が私達と同年で、自宅が素晴らしい環境の麻布と云うお嬢様風な姿態で、英語はおろか、この時代に育ちが良くて美人でフランス語のシャンソンを唄っているなんて、憧憬だけで近寄りがたいものがありました。

 Youtube で「聞かせてよ愛の言葉を」を唄っている当時の「銀巴里」の写真がちょっと見られますが、低い舞台と客席の距離が近く非常に身近に歌が聴けるなど素晴らしい雰囲気でした。客席も詰め合わせて40人も入れば一杯だったような記憶ですが、後日に聞いた話ですが、常連客の中には何人もの凄い著名人が常に通っていたそうです。
 小海さんは大学教授でフランス文学の学者と結婚しましたが、10年程前に亡くなっております。

 貧しいながら新しいものの吸収に貪欲であった素敵な青春時代の一齣です。そのように今の私に少なからず影響を与えてくれた素晴らしき友も、7年前に亡くなり、私は友の遺品として小海さんから「友人への名前が入ったサインが描かれたレコード」を貰ってきました。
 数年前に懐かしい「銀巴里」跡を訪ねましたら、道路際に小さな「銀巴里跡」の石碑が立っておりました。

 私は今も海外プレスのLPレコードだけで音楽を聴くと云うクラシック音楽気違いです。
 流行歌の類いは全く興味がなく、演歌は大嫌いで、横で聴かされるだけでも苦痛なので、同様の趣旨の一家言を持つ作曲家・高木東六、歌手の淡谷のり子さんは尊敬に値すると決めていました。

 嫌いな歌謡曲と云うジャンルの中での例外として、そして期せずして同年の昭和25年に発表された演歌嫌いの高木東六が作曲した「水色のワルツ」、唄うは東京芸大卒の二葉あき子(1915~2011)。クラシック系の作曲家が作った流麗な曲です。
 同じく25年に封切られたイギリス映画「赤い靴」。美しいカラーの映像と共にバレリーナが主役の綺麗な映画でしたが、これに触発された西條八十と古賀政男のコンビで仕上げた名曲「赤い靴のタンゴ」。唄うは東京音大卒の奈良光江(1923~1977)。それまでの日本では珍しいお洒落な曲想の日本版コンチネンタルタンゴの傑作だと思います。

 現代の歌手たちと違って、流行歌の歌手でありながら二人とも音楽大学を卒業した本格派ですから、透明な声質と歌唱力が桁外れな方でした。
 余計なことですが、奈良光江さんは映画に出演するほど清楚な美貌で有名でしたが、美人薄命と云われるように54歳の若さで亡くなられています。

 少し脱線を。 「赤い靴のタンゴ」と共に1939年に発表された服部良一作曲の「夢去りぬ」は「赤い靴のタンゴ」と共に日本版コンチネンタル・タンゴの二大名曲で大好きな曲です。数年前に神戸のクラブで木佐貫裕珠さんが宮田定洋/倭子さんをバックにした「夢去りぬ:鈴蘭物語」)を聴きました。

 昭和26年に日本で最初の総天然色映画、木下恵介監督/高峰秀子主演「カルメン故郷に帰る」の主題歌「そばの花咲く」は、古き時代の北軽井沢の情景が目に浮かぶ情緒豊かな名曲で、youtube紹介されていますが、オルガンの伴奏が効いて一聴すると讃美歌かと思われます。
 唄うは武蔵野音大卒の渡辺はま子(1914~1999)です。少し声質が違いますが、前述の東京音大卒淡谷のり子(1907~1999)を含め、歌唱力の素晴らしさは音大卒業と云う素地あってのことと思われます。
(終わり)

Re: 青春時代の素晴らしき友と音楽(その2)

田主丸

2025/06/12 (Thu) 01:15:27

その昔の、銀座八丁目の「早川眞平とオルケスタ・ティピカ東京」のタンゴ喫茶をご存じの方に、今ここで出会うとは思いもしませんでした。 あの頃タンゴ全盛時代、愉しく思い出されます。

「銀巴里」の方もよく行かれたようですが、私はあのメケメケの歌手の、男だか女だか分からないような姿が好きになれず、敬遠しておりました。

ご参考までに、「赤い靴のタンゴ」のページの、私の(二つある初めの方の)書き込みをご覧ください。
貴方の見事な文章に比べて、私の文章の拙劣さを恥ずかしくは思いますが。

古き良き時代でした。

青春時代の素晴らしき友と音楽(その1)

Hassan

2025/06/10 (Tue) 15:59:45

 戦後未だ10年にもならない29年に地方都市からポッと出のお上りさん同然の学生時代の話です。
 「米穀通帳」なる通帳と云うか証明が無ければ米も買えない食糧難、食べることにも困っていました。戦後間もない春に地方都市の高校を卒業した私は、念願叶って東京の某大学に入学しました。

 先ずは先輩が住む西武新宿線、練馬の上石神井駅近くの田園風景が広がる2階建て3畳一間の部屋が上下で 20室程の学生専用アパートに押し掛け居候です。荷物は布団と1個のボストンバッグだけですが、2畳足らずの空間に二人が居住するには流石に狭い。一月余りの体験でした。
 半畳の押入れが付いたアパートの家賃が畳一枚 1,000円と云う基準から家賃が3,000円、ガスコンロが6台ほど並ぶ炊事場とトイレは共同でした。

 仕送りの金がなくなると、夜中に近所の畑からトマトなどの野菜を少しばかり頂戴したこともありました。飯田橋にあった「売血センター」で輸血用の血を売った経験もあります。
 一握りを除いた学生で質屋通いは当たり前の時代です。定期券を使い隣り駅の市場だとコロッケ5円が4円で売っているとか、昼食は10円のコッペパン1個で済ますとか ・ ・ ・ ・。
 勉強どころでない、とにかく常にお腹を空かしたひもじさで食べることが第一と云う時代でした。

 下宿先もアメリカ海軍の基地として夜ともなればネオン街が広がり華やかな時代の「横須賀」、未だ東京湾の埋め立て工事がなされておらず、干潮時には遠くまで干潟が広がる「船橋」、本郷の東大農学部の正門近くの「森川町」などと転々とする学生時代でした。

 少しだけ脱線です。横須賀の喫茶店で聴いた異国情緒が豊かな素晴らしい曲、アメリカ水兵から借りた最新のLPレコードで曲名はミュージカルの主題歌「キスメット」だと教えてくれました。
 クラシック曲に目覚めた折、気付きました。原曲はリムスキー・コルサコフの「シェヘラザード」でした。

 「絶えずお腹を空かした飢える狼」同然の生活を送りながらも、勉強の方はそっち除けで、クラシック音楽が聴ける名曲喫茶店へ入り浸っておりました。
 今も残る新宿「ランブル」、渋谷「ライオン」を代表とする名曲喫茶店が一寸した町の駅前には何軒もあって、コーヒーの一杯で3時間、4時間も粘ってクラシックを貪欲に聴いておりました。(続く)

サイトの利用について

大島明

2025/05/24 (Sat) 19:50:42

こちら社会福祉協議会などのボランティアをしてるものですが、
老人等の集まりでボランティア目的にこのサイトを利用させてもらってよろしいでしょうか。具体的にはPCからhdmi等でテレビなどに写したり音源を流したりして歌を歌ってもらう為です。よろしくお願いします。

Re: サイトの利用について

二木紘三(管理人)

2025/05/25 (Sun) 19:00:43

曲はすべてSinger Song Writer Liteで作りました。曲形式はmp3です。

Re: サイトの利用について

大島明

2025/05/25 (Sun) 14:45:51

ありがとうございます。
ところで曲の音源、どのようにしてお作りになりましたか。

Re: サイトの利用について

二木紘三(管理人)

2025/05/25 (Sun) 00:49:25

どうぞ。