うた物語交流掲示板


藤原正彦さん

1:kazu :

2024/05/08 (Wed) 11:24:57

田主丸様がお書きになった藤原正彦さんについて、思い出すことがあります。

藤原正彦さんに電車の中で、ご著書に感動しましたと申し上げたことがあります。藤原正彦さんのお母さんの作家藤原ていさんは、諏訪湖畔の女学校に毎日 8 キロの道を、東から西へ山を越えて通いました。私の知り合いの 90 才の女性もその道を、その祖母に連れられて山を越えて諏訪湖畔の親戚の家に行ったことがあり、峠から見た諏訪湖が綺麗だったそうです。藤原正彦さんご夫婦の結婚の媒酌人は、小平邦彦さんという数学の世界のノーベル賞に当たるフィールズ賞を受賞した人です。小平邦彦さんの父親と、私のその知り合いの女性の祖父(先ほどの祖母の夫)は親友で、8 キロの道を、山を越えて諏訪湖畔にできたばかりの中学校に通いました。その人たちが歩いた道が山を登り始める所に立ったことがあります。女学生が、祖母に連れられた少女が、仲の良い中学生二人が、山へ向かって歩いていく姿が今日昨日のことのように心に浮かびました。
2:田主丸 :

2024/05/08 (Wed) 20:50:02

このたびは私の拙文をお読みいただきありがとうございました。

新田次郎(本名藤原寛人)は諏訪の出身ですね。 奥様の藤原ていさんも諏訪湖のあたりだと聞いておりましたが、8キロも離れたところだったのですか。

以前、臼井吉見の「安曇野」を読んだ時、明治以来長野県は若い人に対して特別な教育がほどこされていたという記事があったような記憶があります。 島崎藤村もその制度にそって小諸で先生をしていたのだとか。 平林たい子も諏訪の出身ですね。
特別な教育方針の中、子供たちもお勉強に熱心だったのでしょうか。 山ばかりの土地を毎日遠路はるばる、、、

安曇野出身臼井吉見と、松本中学の後輩二木先生、風光明媚な安曇野でお勉強もさぞかしはかどったことでしょうか。

ともあれ日本のオヘソ、長野県は私の一番好きなところです。 幾度も行きましたけれど、運転が出来なくなる前にもう一度訪ねたい。




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