サウダーデ

田主丸

2024/05/03 (Fri) 12:44:24

新田次郎、藤原正彦共著、「孤愁(サウダーデ)」読み終えた。

今から四十年ほども前か、新田次郎が畢竟の思いを込めて渾身の思いで書き続けた、ポルトガル人モㇻエスの日本に於ける生涯を追う「孤愁」、あはれ病死により中断、絶筆となってしまった。
これはこれで中途までを文藝春秋が出版し、私もこれを読んだが、新田次郎の巧みな文章に魅せられ、彼の死を惜しんだものであった。

時は過ぎ、暫く前図書館で新たな本「孤愁(サウダーデ)」が目に留まった。 以前、新田の子息、藤原正彦氏が父の中断した本を自ら完成させようとしていると聞いていたので、これがそうなのかと思い借りだした。

父の中断した書き物を子が代わって書き続けた例はなく、人々は(本人も内心)無理ではないかと考えていた。 単に文才があっても、文体も、言葉の使い方も、文章が醸し出す味わいも、個々人によって全く異なるからである。だが本人正彦氏の執念は凄まじかった。 父の霊前で涙して誓った覚悟を三十年余を掛けて完成させたのである。

正彦氏の文章は素晴らしい。 日頃の本、エッセイなどでいつも感心させられている。
この本ではどうなっているのだろうとの思いがあって読み始めた。全体で26章ある。 その内前部17章が新田次郎の分でそのあとが正彦氏のものであるが、それを意識しながら読み進めていってもその前後まったく文調は変わらないのである。 新田次郎の名文がそのまま続いていくのである。 もし二人ということを知らないで読んだら、一人で書いたものだという認識になるのだろうと思う。

素晴しいというか、凄まじい業を見せつけられた思いがする。 数学の名人正彦氏の才能には、広さにおいても、深さにおいても限りがない。 私より六歳も若いが、日頃私が深く敬意を表する先生である。

人だけのことではない。 この書物自体もまさに名作中の名作と言っていいだろうと思う。 日頃から良書を読むように心がけているが、この「孤愁」の読後にも十分な満足感を得られた。

皆様にも、まだの方、ぜひご一読をお勧めする。